第8章 前兆
「知ってるよ」
「へ?」
「花言葉、知ってるよ。
……知ってて、それにしたんだよ。」
「ははっ、自惚れちまうさ〜」
「自惚れていいよ」
「!!」
「…自惚れて、欲しいよ」
「……」
“好き”って、2文字が言えない。
なら、せめて
ディックが、大切だよって
いつも心配してるよって
幸せを願ってるよって
それくらいの想いなら、伝えても良いでしょう?
今日のディックは、見ていて不安になる。
変に驚いたり、
怒ってると思えば、笑ったり
いつも通りだと思ったら、悲しそうだったり
どうしたの?
何かあったの?
ディックは、何を恐れているの?
でも、それは聞いちゃいけない。
ディックと私の、超えちゃいけない境界線であることは肌で感じている。
だから、私が言えるのは
「…お誕生日、おめでとう!
今日はディックが生まれてきてくれた日だから、私がどうしても、お祝いしたかったの。
生まれてきてくれて、ありがとう。
いつも、私の側にいてくれて…ーーーッ!」
その先は、続かなかった。
気づいたら、ディックに抱き締められていた。
私の顔の真横に、肩に、ディックの頭が置かれている。ぎゅぅっとキツく、ディックは私の背中に腕を回す。
すみれは目を見開く。
(ああ…)
ずっと、ずっと
こんな風に、抱き締められてみたかった。
嬉しくて、視界がぼやけていく。
涙が零れそうになり、ギュッと目を瞑る。
いつまでもこうしていたくて、身動き一つ取れないでいる。
「すみれ」
「?」
「ありがとう」
「…うん」
ディックの背中に、そっと手を回す。
僅かに震えている背中を抱き締めると、ディックはもっと強く抱きしめてくれた。
「なあ」
「うん?」
「やっぱ、もっかい歌って?
バースデーソング」
「…何度だって、歌ってあげるよ。
だって今日は、ディックの誕生日なんだから」
(私は)
(俺は)
(ディックを)
(すみれを)
((手放す事なんて、出来るのだろうか))
* * *
ーーーーハンカチの、別れの由来。
漢字で“手巾”といい、“てぎれ”と読める。
これが「手切れ」につながることから
「ハンカチは別れを表す」とーーーーーー。