【HQ】喧 嘩 止 め た ら 殴 ら れ た !
第2章 夏に濡れ衣ぎを着させたい
けど治くんだけは違った。
治くんは意外と尊重してくれる。今だって、「おはよう」とは声をかけて来たものの、それはただの同級生としてであって、わざと無関心に接してくれているのが分かった。
まるで今まで起こっていた出来事が、嘘みたいに。
「なんでそんなに濡れてるん?」
「車に、」
治くんは相槌を打つ。
視線を交わすことなく、用意してもいない端的な嘘を反射的に吐き捨てたけれど、我ながら自然な回答だったと思う。
治くんは信じてくれたらしい。多分だけど。
その後聞き返すこともなく、上履きを履くと「大変やな」と独り言のように呟いてその場を後にした。
私も数分して両足の靴下を履き終え、出しっぱなしにしていたであろうローファーをしまいに下駄箱へ向かう。
ーーけれど、どこにもなかった。
出しっぱなしにしてあったローファーがいつの間にかなくなっていた。
代わりに、私の名前が描かれた下駄箱には置いた覚えのない自分のローファーが揃え置かれていた。
(なんでかなぁ………)
私はきゅっと唇を結び首の力を抜いた。
座ってない首が傾き、視界には下駄箱の上に書かれた「二年一組」の文字が映る。
ーー変な気持ちだ。
嫌じゃない。嬉しくもない。
これは、…………多分、困惑と言う言葉が正しいんだと思う。
(別にやらなくてもいいのに)
これが本心だ。
けれど、悪意があってやることでもない。むしろ善意。もしくはあの侑くんの世話焼きの癖か、部活の影響か、それとも治くんの性格上なのか。
(それとも……、あの日の償いを込めた行動か……………)
まるで今までの自分が、間違っていることをしているかのような気持ちになって眉間に皺を寄せた。
ーー何だろう、この謎の罪悪感。
そもそも意図的なのか、それとも無意識なのか分からない。……………ああ、やめよう。また頭が痛くなってくる。
下駄箱の前で少し考え込んだ後、濡れた靴下の入った袋を無雑作に突っ込んだ。
(………私も、……………ちょっと自分勝手に言い過ぎたかな………)
揺らぐ心を移すように、だらだらと上履きを履きすり足で私は教室へと向かった。