第11章 過去
その頃、椿はまだ吹雪の病室にいた。
「士郎、アツヤ、ごめん。俺、2人のことちゃんとわかってるつもりだったのに何もできなかった。……士郎もアツヤも失いたくないよ。もう、何も失いたくない。これ以上は何もいらないから、何も望まないからさ。だから士郎とアツヤをとらないでよ。……母さんからも逃げないから。痛くても、辛くても我慢するから、だから、士郎とアツヤだけは。」
椿は声を震わせながら言った。まるで、神様に祈るように。
椿はそのまま病室で吹雪の手を握りながら泣き続けた。
もう、何も失いたくない。
病室に鬼道がやってきた。
ベッドの横の椅子に座ってベッドに頭を預け、涙を流し、吹雪の手を握って眠る椿。
鬼道は大阪で椿が言った言葉をもう一度思い出す。
『鬼道、やばい。あいつ、やばい。もう俺じゃ無理だ。俺じゃ止められない。俺の声じゃ届かない。嫌われてる俺じゃ、何もできない。』
「あの時の『あいつ』は『アツヤ』だったのか。吹雪はいつも北条を気にかけていた。吹雪が北条を嫌ってるなんて想像もつかなかったが、アツヤは北条を嫌っていたのか?でも北条、お前はアツヤのことも大切なんだろ?だからそんなに辛そうなんだ。」
鬼道は寝ている椿に語りかけた。もちろん答えなどない。