第8章 月の裏側(高杉夢)
高杉家を家出同然で出て行くという許婚を前に、私は頭を抱えていた。
外はとっぷりと暮れていて、ふらりとやって来た許婚は、縁側で吞気に月明かりを浴びている。
「晋助さん。ご実家を出て行かれるのは結構ですが、どうしてウチに?」
「……」
目を血走らせたまま黙っている晋助さんに、私は盛大な溜息をつく。
昔から言葉少なな人だったが、家族とうまくいかなくなってからこちら、完全にそっぽを向いてしまった。
「昔は可愛かったのに」
「誰の話だ」
「誰の話でしょうね。ところで晋助さん、ウチで匿えると言っても二三日が限度ですよ」
「ああ」
「お父様と、仲直りなさらないんですか?」
答えはわかっているが、ちょっとした意地悪のつもりで聞いてみたら、もの凄く睨まれた。
こんな所も、幼い頃から変わっていない。
私と晋助さんが許婚になったのは、晋助さんが三つ、私が一つの時だ。
よくあるお家存続の許婚だったが、年の近い晋助さんを私は兄のように慕い、いつか来るその日を待っていた。
「戦に参加されると聞きました」
「松陽先生を助けるためだ」
「本当は、止めないといけないんでしょうね。お家は、私との結婚はどうなさるのですかと」
「どうかして欲しいのか?」
「まあ、どうにかして下さるんですか」
わざとらしく驚く私に、晋助さんは冷たい目をむけてくる。
最初からそうやって見放してくれたら良かったのに。
実家を捨てるより先に、許婚を解消してしまえば良かったのに、それをしなかった。
そのせいで、未だに縁が切れずにいる。
「それとも、お帰りになるまでお待ちしておりますと、縋る方がいいですか?」
「生きて帰るとも知れねぇ俺を待てるのか?」
「お待ちしますよ。骨になって帰ってくるまで」
半ばヤケクソにそう答えると、晋助さんがふっと笑った。
笑うと少し幼く見える。
その表情が好きで、子どもの頃は笑わせようと必死になった事もあった。
(いつまで経っても、どこまで行っても、あの人たちには敵わない)
高杉と本音でやり合える彼らが羨ましい。
「私が男児だったら、一緒に行きたいって言えたんですかね?」
「お前には戦は無理だよ」
「そうですね、きっと」
家に囚われ、因習に従って生きるしかない自分は、どんなふうに姿を変えても抗わないのだろうと思う。