第31章 春風(高杉夢)
黙り込んだ高杉に、寒さで体調でも悪くなったのかと思った遼は慌てて自分の半纏を脱いでその肩にかける。
「風邪ひいちゃうよ」
「お前が着てるもん全部寄越してくれれば、ちったぁ暖まるかもな」
「馬鹿なこと言ってないで帰るよ」
呆れたような遼の声に安堵した高杉は、舞い降りる風花をふうっとひと吹きして帰路へと歩き出した。
その少し後ろを遼は黙ってついて行く。
本当は、手を繋いで隣を歩きたかった。
けれど高杉がそれを望んでいないことは、遼も重々承知している。
だからいつだって、高杉の傍では明るく努めてきた。
「晋ちゃん、やっぱり寒くなってきたからどっちか返して」
「欲しけりゃ奪ってみな」
「もうっ、それ私のなんだよ!」
むくれる遼に、高杉は襟巻の下で笑みを漏らす。
春の風のような遼の声が、姿が、高杉の心を絆していった。
それはまるで、固く冷たい雪の下で春を待っていた蕾が芽を出すかのようで――
自ら幸せになることを望まぬよう律しながらも、高杉はいつしか自分が幸せになっているとは気づいていなかった。