第5章 好きな人
あの後、オリオンさんは必死に自分を騎士団へ入れてくれるように頼んでいた。けれど、副団長さんの「貴方のようなクソを騎士団に入れるわけないでしょう」と言う言葉と、グレンさんの無言の殺気に怖気づき。
最後は私へとした乱暴な行為にグレンさんの指示でマルクさんに連行されて行った。
「根性を叩き直してやれ、地獄を見るまでな」とのグレンさんの言葉が気になるところだ。
そんなグレンさんはと言うと…
竜討伐の事後処理に自衛団の詰所へ行くように言われたものの、凄く嫌がっていた。私にしがみついてイヤイヤと頭を左右に振るグレンさん。
けれど、そんな彼も副団長さんに首根っこを掴まれ連れて行かれてしまった。髪の合間から見えた、私を見つめる瞳はとても名残惜しそうだった。
あれから三日。
まだ実感がわかなくて仕事にもなかなか身が入らない。
「あれから三日かぁ…」
「うん…」
お昼の片付けでリリアンと一緒に床のモップがけをしていた。
「まさかグレンさんが騎士団長様だったなんてねぇ?」
「…うん、私も驚いた」
「でもさ、これでも玉の輿だよね」
「そ、んな事…無いよ…」
リリアンの言葉に私は唇を引き結んだ。
グレンさんはやっぱり私が思っていたようにとても素敵な人だった。しかもこの国の英雄で、とても人気が有って、騎士団長様で……私の知らないグレンさん…
私の知っているグレンさんは、髪の毛ボサボサで髭も生えてて、人付き合いも上手くない。けれどとても優しくて、私が困っていると必ず助けてくれる素敵な人。
私はそんなグレンさんが好きだ。
……だけど……
オリオンさんが言ってた事を思い出した。やっぱり騎士は貴族の女の人をお嫁さんにするのだろうか。
宿屋で働くだけの私なんて、やっぱり身分違いなんだろうか。
今まで通りのグレンさんの方が良かった、なんて思うのは私の我がままなんだろう。
けれど、グレンさんが凄く遠くに行ってしまったみたいで…
「グレンさんは英雄で、騎士団長様で…私はただの宿屋で働く女だもん。きっと…私なんて……駄目だよ…」
モップをかける手が止まってしまった。
つい、じわりと涙が滲んでしまい、慌てて笑顔を作った。
「だからね、きっとグレンさんは私の事なんて何とも思ってないよ」
そう口にした時、私は静かに黒猫亭の扉が開いた事に気が付かなかった。