第3章 騎士と犯罪者
今日は色んな事があった。
オリオンさんに襲われた事やグレンさんに助けて貰って、そして…
だめだ、思い出すと恥ずかしくなってしまう。
グレンさんから貰った花は窓際の日当たりの良い場所へと飾る事にした。その花は夜風に小さく揺れる度に、リーンと澄んだ音色を響かせている。月の光に薄ぼんやりと光る花はとても美しく、眺めていると気持ちが落ち着いてくる。
「グレンさん…」
名前を呼ぶと、ほんわか心が暖かくなった。
グレンさんは本当に不思議な人。
私が困っていると、何処からともなく現れて助けてくれるのだ。
ふと、その姿が幼い頃に出会ったボロボロのマントの人と重なった。
「あの人は…今、どうしているのかな…」
私は両親を亡くした後、人買いに売られそうになった事がある。詳しくは覚えていないけれど、買い主の不興を買ってしまい斬り殺されそうになったところを助けてくれた人だった。
こっちだ──
そう言ってあの人は私を連れ出してくれた。
何故顔を覚えていないのだろう。私が覚えているのはボロボロのマントが揺れる背中だけだ。
その彼がこの黒猫亭に連れて来てくれて、それから私はここで住み込みで働かせて貰っている。子供のいない旦那さんと女将さんにはまるで自分の子供のように接して貰った。
あの人がいなかったら、今の私は居ないだろう。
女将さんや旦那さんに、彼の事を聞いてみた事がある。けれども、二人の答えは、たまたま預けられただけで知り合いでは無いとの事だった。
彼にもう一度会いたい。そしてちゃんとお礼を言いたい。
貴方のおかげで幸せにすごしています。貴方のお陰で素敵な人にも会えました…沢山伝えたいことがあった。
「会いたいなぁ…」
夜風にリーンとまた花が鳴った。
本当に不思議な花だ。
鼻を寄せて匂いを嗅ぐと、柑橘系の爽やかな香りがした。
もしかしたら、グレンさんに惹かれたのはあの人に何処と無く似ていたからかもしれない。
「でも、似てると言っても、見た目は全然違うんだけれど…」
あの人は豹のようにスラリとした体躯で、グレンさんは熊みたいにガッチリとした体格だ。
外見は全く似ていない。それでも二人が似ていると感じてしまうのは私が二人の事が好きだからだろうか。
何時か私を救ってくれたあの人を探し出してお礼を言いたい。それが私の長年の願いだった。