第19章 その後のはなし
脱衣所の中は外から見るよりもゆったりと広く、脱衣籠を入れる棚も向かい合わせになるようにして設置されていた。
その棚に入っていた籠の一つを取り出した杏寿郎が、普段よりもやや抑えた声量で言った。
「…咲、さっきはああ言ったが、実はもう一つ理由があるのだ」
杏寿郎に背を向けるような格好で、同じように脱衣籠の前に立っていた咲は、その声にビクンと肩を揺らす。
背を向けているため杏寿郎には見えていないだろうが、今咲の顔は真っ赤になっていた。
なんなら、少し汗をかいているくらいだった。
(うぅ~…き、緊張する……)
実を言うと咲と杏寿郎はまだ初夜を済ませておらず、当然のことながらお互いの体を見たこともなかった。
晴れて夫婦になり、今は新婚旅行の最中である。
いずれはそういう事になるであろうことは咲にも分かっていたが、いかんせん、恥ずかしくて恥ずかしくて、どうしたらよいのか分からない。
だから咲は、先ほど部屋で杏寿郎から「一緒に風呂に入ろう」と言われてからずっと、カチンコチンに緊張していたのだ。
「り、理由、ですか?」
なるべく普段通りの表情を浮かべようとしながら、咲は振り返る。
だが、その声は心なしか上ずってしまっていた。
振り返った先に立っている杏寿郎は、浴衣の帯の間に親指を引っ掛けて立っていて、今までにあまり見たことのない立ち姿に咲の胸はドキンと跳ねる。
そんな様子の咲に対して、杏寿郎は何故か少しだけ言いにくそうな顔をしていた。
「左腕を失って、一人で風呂に入るのはまだ難儀であろう。ましてやここは露天だ。自宅の風呂とは勝手が違う」
だからな…俺が入浴を手伝ってやりたいと思ったのだ、と続ける杏寿郎の言葉を聞きながら、咲はポカンと口を開けていた。