第19章 その後のはなし
三人の嫁を持つ宇髄天元からその宿のことを聞いたのは、杏寿郎と咲の祝言の日取りが決まった翌日のことだった。
「咲、宇髄からこのような文が届いたぞ」
そう言って、ふすまの向こうからひょっこりと顔を出した杏寿郎の手には、見事な筆使いで表書きされた手紙が握られていた。
そこには、二人の新婚旅行先として勧めたいという温泉旅館のことが詳細に書かれていたのだった。
あの戦いの後、咲は隠を引退した。
今までは義足を用いて何とかやってこられたが、それに加えて左腕までも失ってしまったのでは任務を続ける事は不可能と判断したからだった。
それに、咲の本懐は見事に遂げられた。
これからはゆっくりと体を休め、夫となる杏寿郎の事を側で支えてやっておくれ、との耀哉からの言葉もあり、咲は決断したのだった。
そして産屋敷邸での盛大な祝言を先日終えた二人が今向かっているのは、宇髄が手配してくれた件(くだん)の温泉宿であった。
「良いお天気ですねぇ」
「うむ!絶好の日和だな」
空を見上げて嬉しそうな声を上げた咲に、傍らを歩いていた杏寿郎も笑みを浮かべて頷いた。
「お館様のご配慮により、俺も幾日か休暇をいただくことができた。ゆっくり楽しもう!」
「はい!本当にありがたいことですね」
宇髄が勧めてくれた宿というのは、藤の花の家紋の家が経営しているという秘境の温泉宿であった。
知る人ぞ知る名湯らしい。
人里離れた山奥にあり、宿の周囲はぐるりと藤の花に囲まれ年中かぐわしい香りが漂っているとのことだ。
そのせいで、別名「桃源郷」などと呼ばれているらしい。
藤の花に囲まれたその宿であれば、咲も鬼の心配をしなくて済むだろうという宇髄の心遣いが感じられ、二人は心から感謝したのだった。