第17章 月がとっても青いから
「杏寿郎さん」
後ろから聞こえた鈴の音のような声に、杏寿郎は腰掛けていた茶屋の椅子から盛大に転げ落ちた。
「えっ!?だ、大丈夫ですか!?」
突如として体勢を崩した杏寿郎に驚いて、地面に大の字に転がったその体を助け起こそうと駆け寄ったのは、全身を黒衣で包んだ咲だった。
「う、うむ!すまん、少し驚いただけだ!!」
咲に助け起こされながら珍しくしどろもどろな口調で言った杏寿郎は、恥ずかしそうに頬を赤くした。
そんな同僚の姿に、隣に腰掛けていた宇髄はキラリとその水晶のような瞳を光らせた。
ここは峠の茶屋である。
時刻がまだ早いせいもあり、道行く人の姿もまばらだ。
「おぅ、咲。配達の途中か?」
「お疲れ様です、宇髄さん。はい、この山を越えた先にいる隊士への届け物がありまして」
大きな手をヒラヒラとさせながら声をかけてきた宇髄に、杏寿郎の隣に立った咲はペコリと頭を下げた。
「お二人は任務の帰りですか?」
「そうなんだよ。今回の任務は3日もかかってよぉ。早く家に帰りたいぜ」
「それはそれは…お疲れ様でございました。どうぞゆっくり体を休めてくださいね」
顔布のせいでほとんど表情が見えないが、その声色とほころんだ目元のおかげで、咲がニッコリと笑っているのが分かる。