第15章 離れていても君を想う
(一体何だったのだろう…あの鬼は…)
暗闇の中に静かに立つ鬼の姿を思い出す。
凪いだ様に静かな表情。
じいっと見つめてきた、鬼特有の瞳孔の細い瞳。
……今にして思えば、どことなく寂しそうな表情だった。
(私のことを、鬼のたくさんいる森から逃がしてくれたのだろうか…)
「俺は女は食わないし、食われているところを見るのも好かない」
最後に聞いた、あの言葉。
あれを言った時の鬼は、どこか遠くの見えないものを見ているようだと思った。
(こんな事、鬼に対して思ったこと無かったけど…でも、あれは確かに、悲しそうな目をしていた…)
ふと気づくと、杏寿郎がじっとこちらを見つめていた。
「…傷が痛むのか?」
ぼうっとしていた咲を心配するように、杏寿郎の太い眉毛が下げられる。
「いいえ、大丈夫ですよ、杏寿郎さん。先ほどまで寝ていたから、少し眠気が残っているだけです」
咲はとっさに、杏寿郎を心配させまいと嘘をついた。
「そうか…それなら、いいのだが」
咲の手を握ったまま杏寿郎は立ち上がり、ギシと今度はベッドに腰掛けてきた。
手を握っているのとは反対側の腕が伸びてきて、ぎゅうと抱え込むようにして抱き寄せられる。
「咲、どうか気をつけてくれ。君に何かあったら、俺は…俺はどうにかなってしまいそうだ。とても正気を保っていられない」
そう言った杏寿郎の体があの夜と同じように微かに震えていることに気づいて、咲はそっと杏寿郎の背中に手を添えると、幼子を落ち着かせるようにして何度も何度もさすってやったのだった。