第15章 離れていても君を想う
ザザザザッと、原っぱの背の高い草を揺らしながら今出せる最高速度で進む。
長い草が視界を遮り体にまとわりついてきて、とても走りにくい。
だがそれは鬼も同じようで、逃げ慣れている咲と違って草に足を取られて若干もたついている様子だった。
だが、腐っても鬼。
やはり圧倒的な身体能力の差は埋めようもなくて、少しずつ、少しずつ、鬼との距離は縮められていった。
(でも、大丈夫!捕まることはない)
そう思ってさらに足を踏み出した時、あるべきはずの地面が無く、咲は前のめりに倒れ込んだ。
バシャン
と水しぶきが上がり、桶に顔を突っ込んだ時のように、冷たい水が頬を包んだ。
バシャバシャともがいて、水面から顔を出す。
「えっ…あっ!!」
ポタポタと滴り落ちる水滴を見て、自分が川に落っこちたのだということに気がついた。
先ほど水を汲んだ小川は、この原っぱの中をくねくねと曲がりながら流れ続けていたのだ。
そしてそれは、川下に行くほどに川幅を増していた。
幸い深さは無かったが、咲の全身は今、川の水に浸かってしまっている状態だった。
「んん?さっきまでしてた嫌な匂いが消えたなぁ」
追いついてきた鬼が川岸に立って、咲を見下ろしながら鼻をヒクヒクと動かす。
(あっ…藤の花の香水が、水に浸かったことで流れ落ちちゃったんだ…!!)
ぞっ、として咲は水の中でポケットをまさぐった。
バシャバシャバシャと、派手な水音を立てて鬼が走ってくる。
(こっ、香水!!い、いや、ここは拳銃!?いや、でもこんなに至近距離だったら刀の方がいい!?)
突然のことに咲の頭の中で様々な思考が駆け巡り、咲の行動を鈍らせた。
鬼の腕がギュン、と伸びてきて、咲の首を掴み上げる。
「ぐっ、うっ!!」
ギリギリギリと信じがたい力強さで体が持ち上げられ、鋭い爪が咲の細い首に食い込み、プツリとその皮膚を裂いた。