第15章 離れていても君を想う
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「む!」
ぶつん、と草履の鼻緒が切れて、杏寿郎は足を止めた。
「これはまた、縁起が悪いな!!」
鼻緒が切れた勢いではみ出してしまったつま先が、土を踏んで黒くなっている。
「炎柱様、どうぞ、替えの草履です」
「うむ!すまない!」
傍らに飛んできた隠が、すかさず新品の草履を両手で掲げるように差し出してきたので、杏寿郎は鷹揚に頷いてそれを受け取った。
隠は、杏寿郎の壊れた草履を拾うと、また闇の中へと消えていく。
その全身は黒い布で覆われていて、まるで歌舞伎の黒衣のようだと思った。
僅かに見えているのは目元だけで、それだけでは正直言って誰が誰だか分からない。
いつも同じ隠が担当に付いてくれる訳でもないから、なかなか判別のしようが無かった。
だから隠の中で杏寿郎がハッキリとその存在を認識しているのは、元弟子であり、今のところ一方的にだが未来の花嫁として見初めている咲だけであった。
「彼女も、今もどこかで任務に当たっているのだろうか。怪我などしていなければよいが」
先日の雨宿りの際に、この腕に抱いた咲の小さな体の温もりや、まだまだあどけなさの残る笑顔を思い出し、杏寿郎の胸はポカポカと温かくなる。
だがその一方で、何故だか妙に胸がざわつくのだった。
(鼻緒が切れたことを気にしているのか?俺らしくもない)
杏寿郎は、隠から受け取った草履の紐をしっかりと結び、今夜の任務へと向かっていったのだった。