第13章 小刀と拳銃
あれは確か、杏寿郎の鍛錬を受け始めてから数ヶ月ほど経った頃のことだった。
まだまだ義足での動きに熟練しているとは言えず、基礎的な体力も十分に備わっていなかった咲の当初の鍛錬は、もっぱら走ることだった。
千寿郎と揃いの道着を着て、咲は一人、煉獄の屋敷をぐるりと囲む長い壁沿いを延々と走り続けていた。
杏寿郎から指示されたのは、100周。
訓練を始めた当初は10周だったのだが、走れば走るほどに体力が付いていったので、その量は徐々に増えていき今日はついに100周にまで増えたのだった。
咲は、今にも破裂しそうな肺と心臓を何とか押さえ込みながら、一歩一歩土を踏みしめながら前に進む。
髪の間から流れ落ちてくる汗が目に入ってくるし、口にも入って少ししょっぱい。
だがこの苦しみもあと少しで終わる。
屋敷の周りを一周回るごとに目印としてつけていた正の字が、この一周で最後の一本を完成させることができるのだ。
(はあっ、はあっ、く、苦しい)
ダラダラと汗が滝のように頬を流れていく。
ドクッ、ドクッ、と心臓とこめかみが繋がっているかのように同時に脈打っていたのが、急にその速度を変えた。
何だか呼吸が…変だ…
あ、と思った時、咲は急に目の前が真っ暗になった。
「はっ」
と気がついたのは、「咲!!立て!!もう少しだ!!!」という杏寿郎の大きな声が耳に届いたからだった。
すぐ目の前に広がる、土の地面。
頬や手のひらに感じるザラつきと、埃っぽさ。
どうやら自分は気絶して倒れたらしい、と瞬時に理解した。
そしてその時間はごく短い間だったということも分かった。
なぜなら、今もまだ胸がはち切れそうなほどに激しく脈打っていたからである。
咲は、踏ん張った手を少しずつ体の方に寄せていくようにして体を起こすと、よたり、と最初の数歩は足をもつれさせながらも、再度走り始めた。