第6章 合宿
『あたしの、あげようか?』
あの子だった。あの子の手からは、俺に向かってプリンが差し出されていた。
「…いいの?」
『うん!もうお腹いっぱいだからさ』
あの子はふんわりと笑う。隣で赤ちんが甘やかさないでくれ、と溜息をついている。
『ごめんね、赤司君。けど…はい、どうぞ。甘い物、好きなの?』
「…うん、大好き」
『そっか!あたしも好きなんだ、甘い物。仲間だねっ!』
そのときのあの子の笑顔が輝いて見えた。花の匂いなんて好きじゃない。俺は甘い匂いの方が好きだった。けれど、あの子の匂いは好きだった。
「…ありがとう」
『どういたしまして!』
茉実「朱音ー!行くよ!」
『あ、うん!じゃああたし行くね。皆さんも、また』
「あ、待って!」
俺はとっさにあの子を呼び止めていた。
「…俺、紫原敦。君は?」
『あたしは若槻朱音。よろしくね、紫原君!』
「うん。よろしく、朱音ちん」
朱音ちんはバイバイと小さく手を振って行ってしまった。朱音ちんにもらったプリンを見つめる。本当は分かっていた。何故皆が朱音ちんの話をしているときに会話に入ろうとしなかったのか。何故好きでもない花の匂いを良い匂いと感じてしまったのか。決してプリンをくれたからという安直な理由ではない。答えは俺が朱音ちんに興味を持ってしまったから。小さくて可愛くて優しくて良い匂いのする朱音ちんに。俺は新しく心に芽生えたこの気持ちを大事にしまった。いつか花が咲くように。
朱音ちんからもらったプリンは、最初に食べた自分のプリンより少しだけ甘く感じた。