第13章 Mirror
一樹が三歳を迎えようとする寒い季節に、澤子が妙な咳をし始めた。
逸巳は風邪かと思ったが、瑞稀は直ぐに医者に診せた。
「逸巳、澤子はもう長くない」
澤子は進行性の病で、あと数ヶ月だと瑞稀が言った。
足元から何かが崩れ落ちるような気がした。
「それから、俺も死ぬ。 一樹の事をお前に頼みたい」
「え、瑞稀さん? なに、言って……」
「俺たち……少なくとも俺は『そういう』風に出来ている。 どちらにしろ、仕事はそろそろ限界と思っていた」
「……意味が分からない」
「少し長くなるが話しておく」
そして知った。
小田の家の事、瑞稀の身体の事。
澤子が居なくなれば瑞稀も身体を維持出来ない。
今も維持出来ているようでも早くに寿命が尽きる運命だったと。
そんな中で出来た子供の一樹を気に掛けていた事、そして何より生まれたのが『男』で、同じ小田の血を引いている事。
「……そ、れなら、瑞稀さんが他の」
「言うな、逸巳。 俺が何者であろうが、澤子が俺の命だ。 あの日地下の部屋で自分にそう誓った」
「思春期を過ぎれば一樹はまず血液しか受け付けなくなる。 お前に頼むのは酷だが、俺は一樹を親父には託したくない」
「……僕にどうしろと?」
「一樹の意志のままに」
逸巳はその場で泣き崩れた。
いっそ自分も逝きたいと思った。
瑞稀と出会ってから12年の歳月が経っていた。
家族であり家族同然の二人がいない世界は考えられなかった。
だが、一樹がいる。
彼の存在が逸巳を踏みとどまらせた。