第11章 感情は航海の帆を張る
「澤子」
瑞稀が名前を呼ぶが、気を失っているようだ。
澤子の腕から新しく盛り上がり滴る血液。
浅い呼吸を繰り返している。
直接入った体液の刺激が強かったのか血を流し過ぎたのか。
切ったのは動脈だろう、神経までは深くないようだがどうか。
…とにかく早く澤子を病院に連れて行かないと。
その時の瑞稀に『欲』は無かった。
自分の上着を脱いで澤子の二の腕に巻き、きつく縛る。
澤子を運ぼうと抱き上げようとした時、筋肉の落ちた細い左脚からは大きな裂傷の跡が覗いていた。
「……今までどれだけ傷付いたんだ」
重みのある暖かい体。
──今自分が手を振りほどくと澤子は崩れてしまうのだろうか。
「……っ」
閉じた目と額に唇を強く押し付けただこれを守りたいと思った。
離したくないのは俺だ。