第2章 崎元澤子
澤子の弟、逸巳は伏せ目がちになった姉を見詰めた。
「……なんか弾こうか」
「ん。 お父さんの曲がいいな」
Led Zeppelin とか。
音楽好きの父親は生前良くギターを弾いていた。
小学校に上がる頃には逸巳も父に教わって、アコースティックギターを弾くようになった。
両親が死んだ時、姉は酷く憔悴していた。
金も力も無い逸巳はアルバイトをして家計を助けようとした。
だが姉がそれを許さず、そんな彼女の為に彼はせめて料理や家事を覚え音楽を弾いた。
姉の男性関係が上手くいかない理由を逸巳は知っていた。
彼女は中学生の時男に乱暴され、姉は当時の事について詳細な記憶を無くしているけれど、足に障害を負い子供を産めない身体になってしまった。
そして弟の逸巳はその事件で姉を見つけた第一発見者でもある。
丁度彼女が倒れていた場所に、この花と同じような色の彼岸花が丘に咲き乱れていた。
あの時の姉の血に塗れて。
ビールを飲んで床で眠りこけている姉に気付き、逸巳は苦笑しつつ彼女を抱き上げてベッドに運んだ。
逸巳の体の成長と共に、それは年々軽く感じる。
彼女を守る為に逸巳は定期的に道場に通っていた。
姉はその過去と美しい容姿のせいで昔から異性関係で苦労をしている。
逸巳は思っていた。
『………でも、彼女を本当に解ってあげられるのは僕だけだ』
母であり、姉弟であり、友人であり。
逸巳にとって自分の姉は無二の存在だった。
なぜ自分は、あの時、姉を傷付けた男から澤子を守れなかったのか。
その後に澤子の傷を取り除いてあげることが出来なかったのか。
………悔やんでも悔やんでも悔やみ切れない。
そんな思いをきゅっと噛みしめ、逸巳はそっと寝室の電気を消した。
「おやすみ、姉さん」