第1章 神話的な彼女
『申し訳ありませんでした』
『申し訳ありません』
『申し訳ありませんでした』
組織の重役がこぞって集まった執務室。
もう30分以上、入れ替わり立ち替わり何人もの重鎮から叱責を続けられている彼女は、頭を深々と下げたまま動かない。
まるで録音した音声をリプレイしているかのように、彼女は変化の乏しい謝罪の言葉を繰り返し使い続けている。
「まぁまぁ、もうその辺でいいでしょう。皆さん、お忙しい身の上なんだから。程々に。もっと時間は有用に使いましょ」
「次はもう、ないですよ」
俺の言葉を受けて、一人の女幹部がそう言った。
なる早の解散を切望していた俺は、心の中でガッツポーズをする。
彼女はゆっくりと、地面と平行に折り曲げていた背を戻し、薄く息を吐いた。
無表情のまま、口を開くことをやめてしまった彼女の横顔からは、いつものことながら焦っている様子など微塵も感じ取れない。
「わかりましたか?」
しばしの間、彼女の返事を待つためだけの沈黙が流れた。
しかし彼女は、口を一文字に結んだまま。
隣に立つ俺は、誰にも気づかれない角度から羽を一本飛ばし、何食わぬ顔で彼女の背を、2回突っついた。
『…はい』
「もう行っていいですよ」
あなたも。
幹部から指を指されるや否や、俺はくるりと彼らに背を向け、彼女の手を取った。
「じゃあお先に失礼しますよ」
彼女の手を引いて会議室から退室し、エレベーターを待つ間。
声をかけた。
「腹減ったけん、ご飯行こう」
彼女はじっと俺を見つめて、コクリと頷いた。
あんまりしょげるなよ、お疲れさん、と労う俺の言葉に、彼女が表情を変えることはない。
機械的なベルの音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。
「駅前に新しい焼き鳥屋が『ホークス』
二人、エレベーターに乗った時。
珍しく、彼女が俺の言葉を遮った。
『関東に行く』
俺はエレベーターの操作盤を見つめたまま、硬直した。
そして彼女を見ることはせず、「1F」ボタンを押した。
「そうったい。気をつけんといかんね」
あの辺りは最近、尚のこと治安が悪いから、と。
俺はテキトーな言葉を口にして、深く息を吐いた。
彼女の瞳を見ないまま
会議室を出る時に繋いだ手を
未だに離そうとしないまま