第17章 迫り来るオクトパス
——ザブン
最後にその音を聞いてから、一切の音が消えてしまった。
ローズは懸命に息を止める。鼻と口を手で覆い、水が入って来ないようにした。
怖くて目を開ける事など到底出来ない。
どんどんと陸から離れ、海に沈んで行く恐怖。自分がこの後どうなってしまうかなど、怖さのあまり想像も出来なかった。
ただ確かなのは、自分を抱いてくれているジェイドの腕の感触のみ。それだけが今、この世界で彼女が頼る事の出来る確かなものだった。
「…ローズさん、目を開けて下さい」
『〜〜〜っ、』
水の中とは、こんなにもハッキリと声を聞き取れるものなのか。そんな違和感が彼女の目を、恐る恐る開かせる。
そこで、ローズが見たもの…。それは
『っだ、誰ーー!?』
「ひどいです。僕ですよ」
「オレもいるよ〜」
人ならざる者の姿だった。
『………え、』
彼女が見知った姿のフロイドとジェイドは、そこにはいない。
いるのは、青緑色の肌をして、尖った形の耳を持ち、足の代わりに大きな尾ヒレを持った生物だ。
『2人とも…半魚人だったの?』
「うつぼだし!どっからどう見てもうつぼだし!」
「たしかに、半魚人はいただけませんね」
あまりの事実に、ローズは不思議に思うのも忘れている。自分が水中で呼吸をしているという事を。
「っていうかさぁ、いつまで2人はそうやって引っ付いてるわけ?なんか面白くねんだけど」
フロイドは頭を下、尾ひれを上。という体勢で言った。水中で身を翻す姿はまさに水を得た魚といった様子だ。
「ふふ。さきほどまでのローズさんは可愛らしかったですねぇ。
小さな身体をプルプルと震わせて、まるで世界で頼れるのは僕だけと言わんばかりに縋り付いて」
うっとりと目を瞑るジェイドに、屈辱に耐える表情のローズ。
『くっ、』
「もー、いいから離れろって」
フロイドは、ついに強硬手段に出る。
長い尾をローズの体にぐるぐると巻き付け、ジェイドから引き剥がそうとする。
『いやーっ、やめてフロイド!ジェイドを離しちゃったら私溺れるー!』
「は?何言ってんの。ソレ持ってて溺れるわけ無いじゃーん」
『…ソレ?』
フロイドは、彼女の足元を指差していた。