第70章 初詣
おみくじは、持ち帰っても、境内の木に結びつけて帰っても、どちらでもいいらしい。
結華は「持って帰るっ!」と大事そうに手の中に包み込んでいる。
信長様は…どうされるんだろう。
大大吉のありがたいおみくじは、無造作に手の中で弄ばれている。
私は……置いて帰ろう。
凶運をわざわざ持って帰る必要はない。
おみくじを結ぶ木の前に行き、何となく出来るだけ高い所に結ぼうと思い立った私は、つま先立ちで目一杯腕を伸ばした。
(んー、もうちょっとっ…あと少しで届きそうなんだけどな…)
ふらふらしながら手を伸ばす私の背後に、いつの間にか信長様が立っていて、そっと身体を支えてくれる。
「くっ…貴様、何をしている?」
「あ、ありがとうございます…何となく高い所に結ぶといいような気がして…」
「何の迷信だ、それは………はぁ…貸せ」
信長様は、呆れながらも私の手からおみくじをさっと取り上げる。
そのまま結んでくれるのかと思いきや、信長様は自分の大大吉のおみくじを広げると、その上に私のおみくじを乗せて、くるくると巻き始めた。
「…えっ?あのっ、信長様…?」
戸惑う私の目の前で、二人のおみくじは一つになり、信長様の手によって、木の枝の高い所にしっかりと結ばれた。
「あ、あのぅ、信長様、どうして…?」
「これで、貴様の凶運は俺のものになった。俺の幸運に包まれておれば、大大凶など恐るるに足らん。
貴様を襲う災厄など、この俺が全て消し去ってくれるわ。
貴様は俺に守られておればよい。
しかし、まぁ……二人合わせれば、運もちょうど良いぐらいになるだろう?」
自信たっぷりに宣言する信長様は、太々しいぐらいに堂々としていて、神をも畏れぬとはこういうことかと、今更ながらに思ってしまった。
信長様の前では、不幸すら避けて通るやもしれない。
「…信長様、ありがとうございます」
「ん…」
一つになったおみくじが結ばれた木の枝が、さあっと吹き抜けた風に煽られて揺れている。
「朱里…」
暖かくて大きな手に、指先を絡めとられて…安心させるように、きゅっと包まれる。
繋ぎたくて堪らなかった手。
触れているだけでも、信長様の温もりがいっぱい感じられる気がして嬉しくて……決して離したくはない、と自分からも強く握り返したのだった。