第26章 本能寺
夜明けとともに本能寺を出て、京の周辺に待機させていた軍勢を率いて堺へ向かう。
堺には、織田の水軍大将である九鬼嘉隆が率いる九鬼水軍が駐留しており、大筒や火器を多数備えた鉄甲船がある。
九鬼の本拠地、志摩国からの鉄甲船と合流して船団を組み、海路にて小田原を目指す。
陸路より早いとはいえ、海では不測の事態が生じる可能性もあり、俺が鉄甲船に乗ることを、秀吉には当初、激しく反対されたが、一刻も早く朱里をこの手に取り戻したい俺は、強引に押し切った。
「信長様、こちらへ。
既に船出の準備は整っております。
……船戦はお初めてでございましょう。
我ら九鬼水軍に全てお任せ下され」
「嘉隆、此度は無理を言ってすまぬ。
九鬼水軍の働き、期待しておるぞ」
「勿体なきお言葉っ。
………いや、なに、信長様ご寵愛の姫様のお噂はこの堺にも届いておりましてな。
天女の如く美しき姫様とか。
一度お会いしてみたいと思うておりましたので、丁度よかった」
「ふっ、貴様はいつ会うても面白き男よな」
嘉隆は水軍を率いる海賊大名だが、茶の湯を嗜む風流なところもある男で、茶の湯の趣味がある俺とも気が合う。
やがて船は堺を発ち、小田原へ向けて海上を進む。
船上に立ち、遙か先を見つめる。
海は穏やかで、遮るものもなく、悠々と広がっている。
(この広い大海原を越えてゆけば、遙か彼方に異国の国々があるという………
海の向こうは果てしなく広く、この日ノ本の何と小さきことか…
この日ノ本を戦のない豊かな国にした暁には、俺もこの海を越えて異国の国々を見てみたい………朱里とともに)