第2章 リラの旅じたく
私のご主人様である、須賀成弥(すがなるや)の朝は早い。
まだ薄暗いうちに、枕元の平べったい機械からアラームの電子音が鳴る。
「んんー……」
私より先にむくりと起き出す成弥。
彼が今まで居たはずの、布団の間に出来た冷たい隙間に不満が勝り、僅かに遅れて私もそこから這い出る。
成弥はそんな私の両脇に手を入れ、自分の目の高さに持ち上げてから、ニャアと一鳴きした私におでこをこつんとくっつけた。
「リラ、おはよう。 でも飯はまだ、ジョギングから帰ってきてからな」
顔を洗いジャージに着替えた彼は、いつものよう走りに外へ出掛けていった。
16歳になった飼い主の成弥。
成長期で急激に体が大きくなりつつある。
意志の強い黒い瞳を隠すように薄く前髪がかかり、その顔立ちからは少年らしさが残るものの、引き結ばれた口元などから、同年代の青年とは異なる力強さが漂う。
家の窓から彼のその様子を眺めながら、彼は初めて会った頃より精悍で格好良くなったと私は思う。
約30分後に帰ってきた成弥はご飯を用意してくれ、私の器が綺麗に空になったのを満足そうに見届ける。
そして自分の食事を終え、いつものように私の額を伸ばした指先で撫でた。
「よしよし。じゃ、俺は仕事に行くからな。 良い子にしてろよ」
再び慌ただしく出て行った成弥を玄関から見送ったあと。
お腹がいっぱいになった私はまた窓際に戻り、今度は仕事に出掛ける彼の後ろ姿を見守ってから自分専用のクッションの上で食後の毛繕いに取り掛かる。
猫って忙しい。