第1章 episode1
兄はとにかく私や家族、自分にかかわる全ての人を笑顔にさせようと
努力するようになった。
元々は内気な兄、社交的な妹、というのが私たちの性格だったが
あの事件を境に逆転した。
今考えると、兄なりに私たちを守ろうとしてくれていたのだろう。
両親が離婚せずにいられるのも、兄の力は大きいはず。
気が付くと、兄の前でないと私は笑えなくなっていた。
周囲を喜ばせる笑顔は仮面のように作ることができたが
自分が幸福を感じ、笑顔になれる瞬間はいつも兄のおかげだった。
兄さえいればいい。本気でそう思っていた。
去年の今頃、兄は進路先を、家からは到底通えない都内の大学に決めた。
理由を聞くと、皆を笑顔にするためだよ。と。
それ以上深くは聞けなかったが、自分にできることは
心配させないことだと感じた。
だからと、ひとの心を必死に学んで挑んだ兄のいない高校2年生の春。
しかしすぐに盾の偉大さを思い知ることになった。
そう。私は知識だけではどうしようもない人間のさまざまな感情とぶつかった。
そして、気が付けば必死に逃げ場所を求めていた。
夏休みに兄が帰省してくる数日前
あることが起こり、私は一人で外出することができなくなった。
兄が再び大学へ戻るまでの間、極力明るく振舞った。
たくさん話もした。
あることを除いて…
底抜けに明るく接してくれる兄に励まされ
一度は頑張る決意をしたが、兄が大学に戻ってからは
あっという間に思考は元通り。
そして私は、高校の卒業資格が欲しい、ただそれだけ、
ただそれだけを叶えられる通信校への編入した。
兄にはなにも言わずに、逃げる道を選んだ。