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【降谷零】なにも、知らない【安室透】

第9章 side.A


突然、風呂に現れた女はあまりにも普通過ぎた。
組織が開発した薬で身体が縮むなんていう現象を知っていれば、それなりに警戒はする。
突然人間が現れたように見せる薬か何かを作っていても不思議ではないと思うほどに、あの組織は常識では考えられない事をしていた。

それでもその女は本当に普通すぎた。
化粧の匂いも、香水の匂いも、火薬の匂いも、変なアルコールの匂いもしない、ただビールの匂いだけがした。
風呂場で気を失った女を抱え上げたら驚くほど軽かった。目の下に刻まれた隈は自分と同じものだった。身体も、随分と細かった。細すぎるくらいだ。このまま力を加えたら折れてしまいそうな細さだ。
ざっと水気を拭いてやり、適当にスウェットを着せてベッドへとおろした。
何をしてもまったく起きる気配がなく、すやすやと寝息を立てる彼女に、何故だか無性に腹が立った。
八つ当たりだとは分かっていた。ここしばらくゆっくりと眠れていなかったこともあり、こんなにすやすやと眠る彼女に羨ましささえ感じた。
だからというのは自分でも変だと思うけど、隣に寝転がって、その睡眠を分けて貰うように腕に抱き込んだ。
そして、その唇に自分のものを押し付けた。
キスをした、という感覚はなかった。
安らかな寝息を、深い眠りを分けて貰いたかった。
ただそれだけだったのに、触れ合った唇が妙に気持ちよくて、しばらく離せなかった。
腕に抱きしめた体温は暖かく、唇を触れ合わせたまま目を閉じた。

いつの間にか眠りについていたのなんて、いつぶりだっただろうか。
腕の中の女は、昨夜と変わらずすやすやと寝息を立てている。
起きる気配はまったくなかった。
よほど深い眠りなのだろう。
やはり八つ当たりのように、今度は鼻をつまんでみた。
「ん…、ぅ…」
という小さな唸り声と共に目を開けるかと思いきや、そのまま口呼吸で眠り続ける。
「ふはっ」
思わず笑い声が漏れてしまった。それでも起きる気配はない。
鼻から手を放して、そのままそっとベッドを抜け出した。

余程寝不足だったのだろう、彼女は昼近くまで眠っていた。
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