第1章 占納
江ノ島の海についた頃にはもう夕日が海に浸かろうとしていた。
「少し遅かったですね。」
「そうかな?これはこれで悪くないと思うけど。」
フワりと磯の香りのする風が吹く。
引いては押し寄せる波が爪先までくる。
ブワ、と強い風が吹いたと思えば、
肩に羽織っていたシャツが風に飛ばされていた。
「あ、」
取り戻そうとシャツに手を伸ばす。
が、その手は空をかいてしまう。
力を、重心を片寄らせてしまい、
バランスを崩し海に落ちそうになる。
冷たい感覚を待つ
が、待っていた物はなく、
包み込む感じ、少しの汗の香りと石鹸、スパイスの香り、イライ兄さんのもつ香りだった。
目を開けると思ったよりも近くにイライ兄さんの顔がある。
「はは、あぶないな」
と笑顔を向けられる。
あまりの距離の近さに顔が音をたてそうなくらいに赤くなる。
恥ずかしい。
「この体制でキープはつらいね」
もう抱きしめられている。
「い、イライ兄さ…」
右手は腰付近。左手は頭付近に添えられている。
「イライ兄さん…ドキドキうるさいです…」
からかうようにいってみれば
「イソップ君ほどじゃないよ」
と返される。
好きな相手とこんなにも近寄れるなどない。仕方がないことだ。
夕陽は海に沈んで、薄暗くなった。
ひやりとした風が二人の間を通ったとき、
僕たちは満天の星空の下ではじめてキスをした。