第1章 迎えかいかむ
彼女にしばらく会えていない。
「よう、犬飼。何、頭突っ伏してんだ」
「あー。もう1週間、顔を見てないんだよ」
それだけで、荒船には通じたらしい。
「おまえの彼女、エンジニアだもんな。遠征で持ってきた、トリガーの解析で忙しいんだっけ?」
そう。彼女の葉瑠さんはエンジニア。風間さんと同期の21歳。
1週間前に、電話で話してそれきりだ。死ぬほど忙しくなりそうだ。しばらく研究室に籠る。そう言っていた。忙しいだろうから、ラインも送っていない。葉瑠さんからも連絡は無し。
落ち着いたら連絡をくれるだろう。それまでは……
「待っていたほうがいいよな」
だけど。
犬飼くんに会えない。もう1週間会っていない。
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい……
「声に出てるよ、葉瑠」
「!?雷蔵!」
「同じ建物にいるんだから、休憩して会いにいけばいいのに」
「いやー。でもー」
確かに、トリガーの解析はもう少しで終わるし、会えないわけじゃない。でも、徹夜続きで酷い顔だ。彼氏に会いにいける格好じゃない。
「……さん、葉瑠さん」
「ん?……い、犬飼くんっ!?」
なんてこった。顔を上げたら犬飼くんがいる。恥ずかしい。化粧もしていない。髪はボサボサ。
だけど。
犬飼くんが
「やっぱり会いたくなって」
はにかんで言う。
「来ちゃった」
口をポカーンと開けて、そのまま、にやけるのは許してほしい。
こんなに気持ちが高揚するなんて。
「……時任、食事いってきます」
「ゆっくりでいいぞー」
雷蔵に手を振って、犬飼くんと二人で研究室を出る。
ありがとう犬飼くん。気を使って連絡しないでくれたのわかってたよ。それがありがたいと思っていたけど、やっぱり会いたくて仕方なかったの。今来てくれてとても嬉しい。
ちゃんと伝えよう。
この年下の彼氏は、きっと笑顔で聞いてくれるはずだから。
おまけ
寺島「ありがとうな。犬飼寄越してくれて」
荒船「いやいや、昼飯誘うぐらいいいだろって言っただけですから」
君が行き日長くなりぬ山たづね迎へか行かむ待ちにか待たむ(万葉集85)