第7章 サヨナラも告げないまま
だけど、次に目を覚ました時に、彼は隣にはいなかった。
ハッと飛び起きて家中を見てみるも、トイレにもお風呂にも彼はいない。
たしかに、次に住むところが見つかったとは言ってたけど、あと一晩だけ泊めてとは言ってたけど……言ってたけど、なんの挨拶も無しに出て行く?丁寧な物言いの、礼儀正しい人だと思ってたのに。
こんな風に別れることになるとは想像もしてなくて。呆然とベッドへ戻ってきて、端に腰掛ける。
と、枕元に紙切れが一枚あることに気付く。
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この度は大変お世話になりました。
さんと過ごす時間は、
とても居心地が良かったです。
このお礼はいつか必ずさせてください。
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彼が書き置いていったんだろう。
差出人の名前も連絡先も何もないけど。
紙切れに書かれた文字を何度も読み返しては、今は誰も居ない空間に視線を送って、虚しくなる。
たった二日足らずのこととは言え、すごく充実してた気がする。一人でいることには慣れ切ってたけど、誰かと一緒に過ごすことってすごく温かいものだったんだと気付いた。
お礼をしてくれるってことは、また、会えるんだろうか。
それから一年余り、彼からは何の音沙汰もない。もう忘れるべきなのだ。
自分には勿体ないくらい素敵な恋人もできた。いい加減……コレも捨てるべきか。
二つに折って手帳に挟んだままの彼の置き手紙を久しぶりに広げて読む。
ハッキリと顔は覚えていないものの、“あの彼”の柔らかく微笑んだ雰囲気が蘇ってきて、急に胸が切なくなって……結局またそれを手帳に挟み直してしまった。