第1章 不思議な彼女と大きな拾いもの
夜の七時。割と静かで暗めの住宅街を一人歩く。仕事終わりに外で夕食を済ませて、自宅へ帰る途中だ。
やっと夏も終わって、夜はだいぶ涼しくなった。むしろ風が吹くと今日は少し肌寒いかも。
一人で住むマンション前に着き、ウチの大家の趣味らしい、色とりどりの花が並ぶ花壇の前で立ち止まり、空を見上げる。ここ一年程、これが私の帰宅時のルーティンだ。
ちょうど一年くらい前に、この場所である男性と出会った。
あの日は月が綺麗だった。雲の少ない空に、満月に近そうな大きな丸い月が出ていて。
今日みたいに歩いて帰宅してきて……
あと数歩で自宅前、空に浮かぶ月を見上げながら歩いていたら、何かに躓き転びそうになり。というより転ぶと思ったんだけど……気付いたら男性の腕に抱き止められていた。
「きゃっ!……っ!?すみません!」
「いえ、こんな所に座り込んでいた僕にも責任はあります」
「私こそ!上向いて歩いてて全然気付かなくて……」
体勢を整えて、平謝りする。
「今夜は月が特に綺麗ですからね」
「ですよね……」
二人して上を向き、改めて大きな月を見上げた。
その男性は「道端に座って花壇の花と月を見ていた」らしい。その彼の足先に私は引っ掛かり、転びかけたのだ。
聞けばその彼は、今夜の寝床が無いそうだ。野宿するのに適した場所を探して歩いていた途中でココの立派な花壇が目に入ってついつい眺めていたらしい……
「彼女とケンカして家追い出されたとかですか?」
「そんな風に見えますか?残念ながら僕に恋人はいません。本当に昨日まで住んでいた家が、なくなってしまったんですよ」
普通だったら他人の家の前に座り込んでた、しかも野宿するつもりの人なんて、変人以外の何者でもない……そう思う所なんだろうけど。あの時はそういう気はしなくて、むしろその彼が心配になってきて。
「本当に外で寝るつもりなんですか?」
「ええ、そうするしかないですから」
「夜中は結構寒いのに」
「たしかに今日は少し気温が低いようですが……なんとかなるでしょう」
「なんとかって……よかったら、ウチに来ます?ウチ、ここなんですけど」
「……よろしいんですか?」
会ったばかりの、しかもどこの誰だかも分からない変人を、私は家に上げることに決めたのだった。