第2章 【癒せぬ傷】
いつもと同じ夏が来ると思っていた。サンクチュアリの森とは名ばかりの鬱蒼と茂った森に囲まれた屋敷は、どこか薄暗く物々しい気配を漂わせ、付近の村に住む住人は皆立ち入る事を恐れていた。
殆ど人の訪れぬ屋敷は老朽化していたが、1匹の屋敷しもべが毎日毎日綺麗に手入れをしていたので、外見はともかく庭も屋敷の中も綺麗だった。
そこに住まう1人の少女、クリス・グレインは休みだからと徹夜で“人生の役に立たなそうな”本を読みふけり、今日も今日とて昼過ぎに起きては屋敷しもべからお小言を貰う。
――そんな日が続くと思っていた。
「ここは……?」
クリスは目を覚まし、見慣れぬ天井を見て一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった。そう、ここはクリスの知っている屋敷ではない。
ここはグリモールド・プレイス12番地。シリウスの生家であり、クリス達が身を隠すアジトでもある。
「そうだった、私は……ここに連れてこられたんだったな」
薄汚い天井を見て、クリスはため息を吐いた。
シリウスとの一件があってからというもの、クリスの状態は少しずつ良くなっていった。少なくともシリウスが一緒にいてくれるようになってから、自分にそっくりなトム・リドルの影は見なくなったし、食事も少しだが取る様になった。
だが今まで通り皆と一緒に、と言う事は出来なくなっていた。
ロンやハーマイオニーが、クリスを『例のあの人』の娘として見ていない事は頭では分かっていたが、クリス自身がその事に囚われている今では、些細な事でも気になってしまう。
例えば食事中、気遣わしげな目線をされただけで、クリスは居た堪れなくなって席をはずしてしまうし、アジトにいる誰かが声を潜めて話していると、自分の事を話しているのではないかと勘ぐってしまう。
そうなると、クリスは再び部屋に閉じこもって、暗い闇の中、頭の中で聞こえてくる声と対峙しなければならなくなる。