第8章 【悪夢】
夜明け前に起きてしまったクリスは、列車に揺られうとうと眠くなってきて、窓に頭を持たせかけると静かに眠りに入った。いつもなら夢を見ているクリスだったが、あまりに体が疲れていた所為か、有難いことに夢も見ずひたすら寝続けた。
いったいどの位の間眠っていただろう、突然顔に冷たい液体が飛びかったのを感じて、クリスは重たい瞼を開いた。手で顔を拭うと、緑色のヘドロの様なものが付着している。
てっきり双子がまた悪戯を仕掛けてきたのかと思いきや、犯人はネビルだった。ネビルは顔面蒼白で、手に小さな醜いサボテンのような鉢植えを手にして震えている。
「――これはいったいどういう事だ?」
「ご、ごごごめん。僕、ただミンビュラス・ミンブルトニアを見せたかっただけなんだけど……あっ、でも大丈夫、ミンビュラス・ミンブルトニアの臭液に毒はないから」
ネビルは毒がないと言っていたが、この粘り気のある緑色の液体と、強烈な臭いはそれだけで害だった。おまけに臭液は四方八方に飛び散り、コンパートメントの中がちょっとした地獄絵図の様だった。
クリスが重いため息を吐いた時、不意にコンパートメントの扉が開いた。クリスは反射的にロンとハーマイオニーだと思ったが、そこに居たのはチョウ・チャンだった。チョウはコンパートメントの有り様を見て、明らかに戸惑っていた。
「こ、こんにちは……ハリー。えっと、私、ちょっと間が悪かったかしら?」
「いや……そんな事は……えっと、その、うん……」
「ごめんなさい、私、ちょっと挨拶をしようと思っただけだから。それじゃあ……」
チョウが立ち去った後、ハリーは傍から見ても分かるくらい落胆していた。去年のダンスパーティの時、ハリーがチョウを誘った事は知っていたので、これは相当ショックだっただろう。いつもなら輝いているエメラルドグリーンの瞳が、辺りに飛び散った臭液と同じくらい腐った色をしているのを見れば明らかだった。
見るに見かねたジニーが、杖を振って臭液を綺麗に消した。ネビルは小さい声で「ごめんね」と繰り返していたが、折角憧れの君に良い所を見せるチャンスはもう戻って来ない。それから午前中いっぱい、コンパートメントの中は気まずい空気が流れていたのだった。