第3章 貴方と紡いだ夜の詩
□貴方と紡いだ夜の詩
「今日も天国が呼んでるね。」
『阿呆か、俺たちを呼んでるのは地獄だよ。』
夜の街に男と女1人つづ。
ワイシャツまで真っ黒なスーツ着た2人は
それだけ言葉を交わすと静かに歩みを進める。
_____カツン カツン。と靴を鳴らしながら
歓楽街の裏手の廃墟ビルの外階段を登る。
女は黒髪をひとつに行儀よく括っている。
ゆらりゆらりと揺れるそれは馬の尾の様に
光沢があり、時が違えば 烏野濡れ羽色。などと
皆から褒められるものだろう。
「ねぇ、優 ?私、あなたが好きよ。」
それにクスクス笑う男はヒョロりと背が高く、
手入れの行き届いた女の髪と色こそ揃いだが
その黒い髪は酷く傷んでいて、
目は死んだように光がなく何とも覇気がない。
『俺もだよ、雫。お前が好きだ。』
2人は時々それだけ伝え合う。
特に付き合うわけでも色事を楽しむでもない。
それだけ伝え合う。純粋に、それだけを。
「ほら、天国じゃないの。」
それが性が混沌するこの時代。
それがどれほど貴重で美しいことか。
それを知る者は
薄汚れた世の中そう何人も居ないだろう。