第9章 掴めない心
「あ、はい。ど、どうぞ」
上擦りそうな声をおさえて、平静を装う
襖を開けた信玄様に手には、紙包みと見覚えのある篭を持っている
「なんだ?勉強中か?」
ひょいっと文机を覗く
「はい。でも思うように進みませんね」
私が難しい顔して言うと
「何か分からないのか?こらこら、そう難しい顔するな。可愛い顔が台無しだ。」
ひょいっと文机を覗かれ、私が難しい顔して言うと信玄様は茶化すように笑った
「読めない字が多くて…恥ずかしながら悪戦苦闘しています」
「どれ……」
開いた本に視線を落とす私の背中から信玄様が文机を覗く
フワッ…
信玄様の着物に焚かれたお香の匂いが鼻をくすぐる
信玄様の顔が真横にあるのを感じると、一瞬にして身体も思考も停止して動けない
「これは黄苓と書いて『おうごん』。これは柴胡『さいこ』、茯苓『ぶくりょう』」
信玄様が耳元ですらすらと読み上げる
信玄様が読み上げるたび、息が耳にかかり身体が熱くなる
「分かったか?」
笑みを含んだ声で耳元で囁かれる
「は…はい。あ、ありがとうございます」
「それは良かった…」
ふっ!
と、突然、耳に息を吹き掛けられて
「……っあ……」
自分の声とは思えない、何とも艶かしい声が出て思わず口を押さえる
な、何?!今の声!!!!
自分から出た声だと言うのが、にわかに信じられない
少しの沈黙
「…や、やだ!信玄様ったら、やめてください!!!」
動揺を悟られまいと誤魔化すように笑顔で振り向くと
熱を孕むような…色めいているような、そんな瞳が私を捕らえた
あ…またこの瞳…
信玄様の瞳に捕らえられたまま、視線を外せない