第6章 宴にて
信玄様が井戸水で私の手を優しく洗うと、自分の懐から手拭いをだし傷に当ててくれる
「薬を塗ったほうがいいな。一度部屋に行こう」
掴まれていた手首が離されたのに、伝わった熱は私の身体を火照らせる。
「薬を持ってくるから、ここで大人しく待つように」
私を部屋に置いて、信玄様は部屋を出て行った。
自分の右手に当てられた、信玄様の手拭いを見つめる
信玄様…本当、女の人に優しいんだな
もう振り回されちゃうよ…
しばらくすると「お待たせ」と、手に小さな篭を持った信玄様が戻ってきた
蓋を開けると、小さな布と包帯、そして漆塗りの小箱
「さぁ、姫、手を出して…」
私の右手を持つと、手拭いを外し傷口をみると、そう言って、傷口に小箱に入っていた薬を塗り始めた。
「うん。思ったより深くないな」
「この薬は…?」
職業病か、中身が気なってしまって思わず聞く
「これは金創膏という傷薬だよ。ダイオウやジオウ、芍薬など7つほど混ぜ合わせて作るんだ」
「………」
「驚いたかい?
俺も少しは薬学を齧ってね。戦に行くときなんか、よく調合したものさ。
俺と家康とどっちが詳しい?」
信玄様が余りにスラスラと答えるので目を丸くしていると、手当てをする私の顔を信玄様が意地悪く覗き込んだ。
「しかし君には驚かされたよ。美しい姿で宴に現れたかと思ったら、あの謙信に刀を向けられても臆することなく凛と振る舞う。みんな度肝抜かれていたぞ。」
薬を塗った傷口に小さな布を当て、器用に包帯をくるくる巻いてゆく
「さて、これで良しっと。お姫様に傷が残ったら大変だ」
傷が残る…
何気ない一言が胸に突き刺さる
「…どうかしたかい?」
「え…?いいえ!なんでもありません。ただ…信玄様が器用だな、と思って」
鋭い信玄様が何かを感じ取ったのを、平静を装い誤魔化した。
「本当にありがとうございます。信玄様に言われた通り、左手でやっていたらこんなに綺麗に包帯を巻けなかったです」
「それじゃあ…お礼をして貰わないとな」
「お礼…ですか?」
な、なんだろう…嫌な予感がする…
「はは。そう固くなるな。月があんまり綺麗だから、君のような美女と眺めたくなっただけだ」
「月……ですか?」