第19章 淡雪、舞う
暦の上では、春。
色づいた花々の蕾が綻び初め、温かな陽気を予感させる時季になった。
しかしながら今日の天候は、薄い雲が太陽を遮っているせいか春の恩恵は受けられない。
そんな中で行われたユキくんの荷造りは、実に短時間で終わってしまった。
譲れる物はアオタケのみんなに譲ったり、リサイクルショップで売ったり。
残ったのは洋服に本、参考書の類だけ。
明日、ユキくんは竹青荘を退去する。
「意外と広かったんだなぁ、この部屋も」
部屋の隅には纏められたダンボールが五つ。
最後のひとつに荷物を収めながら、ユキくんはしみじみとそう言った。
寛政大陸上部の、ターコイズブルーのジャージ。
黒いユニフォームに、ランニングウォッチ。
最後に、ランニングシューズ。
山道を下る際に染まってしまった赤色は、洗ってみても綺麗に落とすことはできなかったそうだ。
箱根駅伝の大切な思い出が詰まった、ダンボール。
ユキくんにとっては宝箱とも言えるそれに、ガムテープでしっかりと封をした。
「さ、宴会場へ行くか」
「うん」
宴会場というのは、2階の双子の部屋。
他の部屋よりも広い造りになっていて、アオタケの10人プラス数人くらいなら過ごせるスペースがある。
室内にはハイジくんお手製の料理と、肉屋さんの餞別の品である高級なお肉が数種類。
更には豪ちゃんが配達してくれたビールや酎ハイが、所狭しと並ぶ。
普段は夜からの宴会がほとんどなのだけど、今日は無礼講とばかりに昼間から賑やかな竹青荘だ。
「あ、ジョージ!ズルいぞ!!カルビばっか取って!!」
「ジョータが食べるの遅いんじゃん!!」
「待て待て、慌てるな!次のを焼いてやるから」
言い争う双子を制して、ハイジくんがサシの入った牛肉をホットプレートに並べる。
ハイジくんだって今日の主役のはずなのに、相変わらずの世話焼きっぷりを見せている。
キングくんは今週末、ハイジくんも来週にはアオタケからいなくなる。
今日は4年生3人の送別会なのだ。
「一気に3人もいなくなるなんて。寂しくなりますね」
「4年生を見送るの、カケルは初めてですもんね」
「カケルからそんな言葉を聞ける日がくるなんてなぁ。先輩は嬉しいよ」
ポツリと呟いたカケルくんに、ムサくんは癒やし系の笑顔で頷き、キングくんは感慨深げに涙を拭う真似をする。