第14章 スタートライン
街中が何だか忙しなく見える。
それは私が慌ただしく日々を過ごしているからなのか、師走と言われる所以どおり、多くの人が来る新年の準備に急かされているからなのか。
ホームセンター内の買い物客が押すカートの中には、大抵山盛りの商品が詰め込まれている。
「うちはこんなもんかな。ユキくんの方は?」
「日用品は入れた。あとは重曹に、セスキ炭酸…ソーダ…?」
小さなメモを見ながらユキくんは不可解な顔をする。
「キッチンの掃除でもするんじゃない?重曹は焦げ落としに役立つし、セスキは油汚れを浮かせてくれるんだよ」
「洗剤じゃダメなわけ?」
「ダメじゃないけど、エコになるからね」
「へぇ。そういや昔実家でも………、つーかハイジの奴、主婦かよ!ほんと色んなこと知ってんなぁ」
言いかけた声は途切れ、空気を変えるようにメモを書いた主を茶化して笑う。
ユキくんが家のことを話してくれたのは、突然の大雨に降られて私の部屋で雨宿りをしていった、あの日だけ。
こちらから詮索したことはないし、お母さんとの距離が縮まったのかどうかはわからずにいた。
でも今の態度を見る限り、関係性はあの頃と変わりないのだろう。
駅伝に出ること、報告したのかな。
ユキくんが選手として箱根を走るって聞いたら、きっとお母さん、喜ぶんじゃないのかな。
そんな気持ちが胸の内でグルグル回っていたけれど、家庭の事情に口を出すのはお節介以上に無神経だろうし。
大体ユキくんだってもう大人だ。
人から何か言われなくたって、いつか自分から歩み寄る時がくるはず。
「さあ、帰って大掃除しなくちゃね!」
「張り切ってんな」
「その前に。外でたい焼き食べてこうよ」
「お、いいねぇ!」
何故かどこのホームセンターにもある、軽食の売店。
その中から、あんこたっぷりのたい焼き二つと温かい緑茶を買って小腹を満たした。
帰り道はうちの分の買い物袋も持ってくれるユキくん。
買い出し兼、ちょっとしたデート気分を味わう。
今から帰って今年の汚れを落とすべく、それぞれの自宅の大掃除。
そして、午後からはまた練習。
箱根本番までは1ヶ月を切った。
この日常はもうすぐ思い出に変わってしまう。
期待、緊張、希望、寂しさ、侘しさ―――。
目まぐるしくかけ巡る感情は、忙しない日々の中でもふと私を足止めさせた。