第1章 ふわり、舞う
『舞ちゃん。ついに揃ったんだ、10人。
俺たち目指すよ。箱根駅伝―――』
桜の蕾が開き始めた春先。
ハイジくんからそう聞かされたのは、夕方店番をしていた時のこと。
ハイジくんはうちの店―――八百勝のお得意さん。
寛政大学近くの竹青荘(通称アオタケ)という年季の入ったアパートに下宿している。
驚いたのは、ハイジくんが朝晩下宿生みんなの食事を作っているということ。
3年前、大学に入学したばかりのハイジくんにそれを聞かされた時は、正直長くは続かないだろうと踏んでいた。
勉強だってあるし、バイトやサークル、大学生ともなればやりたいことも色々あるはず。
ところが私の予想は見事に外れた。
大学4年生になった今も、ハイジくんは週に何度かうちの八百屋にやってきて、アオタケメンバーのための食材を大量に買っていく。
更には野菜の目利きまでできるようになり、うちのお父さんもこれには感心していた。
お得意さんかつ同い年であるハイジくんとは、会えば色々なことを話す。
駅伝も話題のひとつだった。
箱根を目指すため、メンバーが10人揃うのを待っていたことも知っている。
冒頭のハイジくんからの朗報は、我が勝田家を大いに湧かせた。
両親も妹の葉菜子も、もちろん私も。
ずっとハイジくんの夢を応援したい気持ちでいたのだ。
この日の勝田家の夕食は、アオタケの皆のために力になれることは協力しよう、という話題でもちきりだった。