第5章 Calling You
はっきりと音に乗せて告げれば彼は目を逸らして押し黙ってしまった。
怒ってしまったのだろうか……。身勝手なことを言ったから。
震える両手を膝の上でぎゅっと握りしめると、ウルキオラが小さく息を吸った。
「……沙羅」
宝物を愛でるかのように自分の名を呼ぶこの声に、沙羅は弱かった。
否応なしに心臓が高鳴ってしまう。
それを知ってか知らずかウルキオラは静かな低音を響かせて続けた。
「おまえ、前世ではどんな人間だったんだ?」
「え?」
唐突な問いかけに沙羅はぱちぱちと目を瞬いた。
「……わからない。前世のことなんて憶えてないもの」
困惑した面持ちで首を横に振る。
現世での生を終え、尸魂界に流れてきたばかりの魂魄の中には前世の記憶を宿している者もいるが、その多くは尸魂界で過ごす悠久の時の中で次第に薄れていく。
『忘れる』のではない。次の転生に備え、魂が記憶の初期化を図っているのだ。
そしてすでに尸魂界で多くの時を過ごしている沙羅もまた、前世の記憶は失っていた。
「ウルキオラは憶えてるの? 人間だった頃のこと」
反対に問いかけてみるとウルキオラはしばし黙りこんでから首を振った。
「……いや。だが虚に堕ちるような人間だ。さぞろくでもない奴だったろうな」
自嘲するウルキオラに、沙羅は考えこむような仕草を見せて。
「そうかな……なにか理由があったんじゃないかな」
虚になるのは、必ずしも悪意を抱く人間だけではない。
愛する人を想うあまり現世にとどまってしまった魂魄が、寂しさに耐えかねて虚化してしまうこともまれではない。
そうして苦しむ魂を、沙羅はこれまで幾度となく目のあたりにしてきた。それほどまでに愛することを止められない想いが、人の心には存在するのだ。
「きっと……魂が昇華できずに虚になってしまうぐらいの強い思念が、ウルキオラの中に残ってたんだよ……」
その想いは誰にも責められるものではない。
だから沙羅はいつも願う。
虚を昇華するその瞬間、来世こそはその想いが叶うようにと、振り下ろす刀に祈りをこめて。