第1章 Under the Cherry
「ところで沙羅。おまえを見込んでひとつ頼みがあるんだが」
ちょうど沙羅が饅頭の最後の一口を平らげたところで、じっと窓の外を眺めていた浮竹が切りだした。
「まあ遠回しに言っても仕方がないな。副隊長への昇格の件だ」
「…………」
しばし黙りこんでから、沙羅は手の中の湯呑みを茶托の上に置いて顔を上げる。
「その話ならもう何度もお断りさせていただいたはずです」
「そう言うなよ。副隊長に相応しいのはおまえしかいないんだ」
「いるじゃないですか、私の上に何人も。七席の私なんかがいきなり副隊長になったら、それこそ暴動が起きますよ」
「おまえが副隊長になって文句を言う者なんてひとりもいないさ。むしろなぜおまえを上位席官につけないのかと上から怒られるくらいだ」
肩をすくめておどけてはいるものの、浮竹が決して冗談で言っているわけじゃないことくらいはわかっている。けれど――
「……買い被りすぎです」
「そういうおまえは自分を過小評価しすぎなんじゃないのか?」
「そんなこと――」
首を横に振って、俯く。
その様子に浮竹は表情を和らげた。
「そんな顔をするな。別に困らせたくて言ってるわけじゃない。ただ俺は――海燕の跡を継げるのはおまえしかいないと思ってる。それだけだ」
「隊長……」
「俺もこんな身体だし、沙羅が副官になってくれれば安心できるんだけどな?」
にこ、と悪びれのない笑顔を向けられてしまってはそれ以上言葉を返せない。
本当にこの人は。人の心を惹きつけるのがうますぎて、困る。
「少し……時間をもらってもいいですか?」
「もちろんだ、返事はいつでも構わない。ゆっくり考えてくれ」
優しい声音で頷いた浮竹に頭をさげて、沙羅は隊首室をあとにした。