第4章 Cloudy will be Fine
「またウルキオラに救われちゃったね」
夕暮れ時。桜の枝からすとんと飛び降りた沙羅は、少し照れくさそうに肩をすくめて笑った。
それに続いて降り立ったウルキオラはその顔に見入ってからぼそりと告げる。
「今度は礼はないのか?」
「え……ああ、この前のマフィンのこと? あっ、そういえば味はどうだった? 口に合った……?」
「……あれならまた貰ってやってもいい」
「うん、わかった」
なんとも横柄な口ぶりだったが、気持ちは十分に伝わった。くすくすと笑ってから、沙羅は夕日を受けて紅く染まる頭上の桜を見上げた。
「……ここの桜ももうすぐ開花しそうだね」
枝に芽生えた蕾は着実に数を増し、日毎に大きく膨らんでいる。これだけの立派な桜が満開になればさぞや綺麗な姿が拝めるだろう。
「花を愛でる趣味はないが――」
一旦言葉を切ったウルキオラに視線を向けると、ふっと穏やかに細められた翡翠の瞳とぶつかった。
「――おまえとなら見ていて飽きないだろうな」
彼がどんな意味をこめてそう言ったのかはわからない。
わからないが、それは沙羅に満面の微笑みを浮かばせるには十分だった。
どうしてだろう。
たった一言で、心を蝕んでいた苦悶を易々と吹き飛ばしてしまう。
たった一言で、こんなにも笑顔にしてくれる。
本当に――不思議な人。
「じゃあこの桜が満開になったらお花見しよう? 約束ね」
「……気が向いたらな」
「なにそれ! 自分から言っといて」
「花見をするとは言ってない」
「……バカキオラ」
「ババ沙羅」
「ちょっと!!」
拳を振りあげた沙羅からひらりと身をかわし、ウルキオラは静かに笑った。
大きく西に傾いた太陽が、夜の訪れを惜しむかのようにふたりを紅く照らしていた。
***
《Cloudy will be Fine…曇り空、晴れわたる》
光を与えてくれたのは、敵であるはずのひと。