第3章 A Strange Death
翌日、聞き覚えのある声が公園に響いたのはまったく予想通りだった。それどころかずいぶん遅いな、と呆れたほどだ。
大事な報告資料らしきものをそっくりそのまま忘れて行ったぐらいだから、すぐさま血眼になって飛んでくるかと思ったのに。
だが桜の頂上からその姿を目にとめたところでウルキオラの思考は覆された。
公園の入り口に姿を見せた彼女は、見ている側が不憫に思うほど疲れ果てた様子でトボトボと歩いていたから――
「……別になにも?」
最初こそすまし風を吹かせていた女は、昨日拾った書類をばらまいてやればありありと動揺の色を浮かべて口ごもった。
「あの……これは、その……」
あの金髪の仲間とともに作成したと思われる報告書の内容はなかなかに興味深いものだったが、気にかけるほどのものでもない。なに食わぬ顔でそう告げれば、今度は急に険しい表情になって語気を強めた。
「そんなのやってみなくちゃわからないでしょ」
面白いことを言う女だ。ならばやってみるがいい。
その脆弱な身が十刃を前にしてどこまで抗えるのか。
すとんと女の前に降り立ち、鋭い視線で射抜く。しばしの膠着が続いたあと、女はきっぱりと首を横に振った。
「――あなたと闘う理由はない」
闘う理由だと? それなら目の前にあるだろうが。十分すぎる理由が。
「俺は破面だ」
「でも悪い人じゃない」
……こいつ本気で言っているのか?
まるで意味がわからない。
だが、いくら睨みを効かせてみても女は迷いのない瞳を返すだけ。
そのまま何秒か視線が絡み合って――ついにそらした。この女にはこれ以上畳みかけても意味をなさない、そう判断した。
報告書を胸に抱えてほっとしたように笑う女に背を向けて去ろうとすれば、すかさず響いた鈴鳴りのような声。
「あなた、名前は?」
なぜ名乗ったのか、自分でもわからない。
そのまま振り返らずに立ち去ってもよかったはずだ。はずなのに――
「…………ウルキオラ」
呟きに近い声でそう名乗ると、女は口の中で小さく反復し、そしてにこりと笑顔を向けて告げた。ありがとう、と。