第1章 それは人生の相棒【鶴丸国永】
「君が顔にかけているそれは何だい?」
鶴丸はそう言って彩鴇の眼鏡を指差す。
どうも今度の主はこの道具を四六時中使っている、というより外したところを見たことがない。
彩鴇は何か閃いたように眼鏡をキラリと光らせる。その瞳は反射したレンズに隠れて見えない。
「実はね、私は皆とは違う世界を見ているんだ。これをかけることで、現実世界をハッキリ見ることができるの」
「別世界を見ているのか?!俺がそれをかけるとどうなるんだい?」
別世界と聞いて鶴丸は興味津々だ。
「かけてみる?どうぞ」
「すごくぼやけるな!こんなので本当に見えているとは驚きだ」
嬉々として彩鴇の眼鏡をかけた鶴丸は予想外と言わんばかりに周りを見渡す。どこを見てもぼやぼやとした景色になってしまっている。
「大将、あまり鶴丸の旦那をからかうなよ」
遠征帰りに通りかかった薬研が彩鴇をたしなめる。
薬研も眼鏡をかけることを思い出した鶴丸がそういえばと問いを投げかけた。
「薬研は眼鏡をかけてよく内番ができるな。視界が悪くないのか?」
「大将のは特別製だ。俺のはかけても視界はそこまで悪くならない」
疑問符を浮かべる鶴丸に薬研が種明かしする。
「そもそも眼鏡は目が悪いのを矯正するための器具だ。目の悪い人間が眼鏡をかけると常人と同じように景色を見ることができる。大将はかなり目が悪くてな、その眼鏡をかけないと周りが見えないんだ」
そんなに目が不自由だったのか?!と驚く鶴丸。
「眼鏡があればそうでもないけどね、何もないとこの距離でも鶴丸の顔がのっぺらぼうに見えるよ」
鶴丸は肌も髪も服も真っ白だから、顔との区別がつかないなと笑う彩鴇。
その距離は畳一枚も離れていない。
「しかし、人間にはいつも驚かされる。この眼鏡があれば、目の不自由な人間もなんでもできるようになるな」
彩鴇に眼鏡を返してしみじみと感心する。
「さすがに大袈裟じゃない?まあ、私にとっては命の次に大事な人生の相棒だけどね」
「大袈裟なものか。いいか、俺が振るわれていた時代は目が不自由な人間ってのは、まともな職に就けなかったし、もちろん自立して生活することもほとんどできなかった。眼鏡はそれを克服する大偉業じゃないか!」
本当に人間というものは面白い。