第37章 五月雨と恋の天舞曲❥織田信長
「...ほら、その顔。」
少しだけ微笑んで言う家康。
「え、?」
その意味が分からず思わず聞き返す。
「その顔がいいって言ってるの。そのへらへらした顔が一番あんたに似合ってる。」
「っあ....」
そういえば今この瞬間。
私は信長様のことを良い意味で忘れて笑っていた。
(久しぶりに、何にも考えずに笑えた....)
いつもは笑っていてもどこか頭に信長様の顔がちらついていた。
でも今は、心置きなく笑えていたのだ。
「...そういうふうに信長様にも接したらいいんじゃない?」
家康がさっきよりも優しい声色で言う。
「あんたのありのままの姿を見せたら...信長様もあんたの気持ちを分かってくれる。」
「家康...」
その言葉がすとんと胸の中に落ちてきたようにはまった。
「...そっか、そうだよね、私は私のままでいた方が、信長様にも伝わるよね。」
これまでは少し謙遜してきたけれど...私のありのままを見せたら、信長様もありのままを見せてくれるかもしれない。
そう納得したとき....
ぽつ
「あれ、雨...?」
さっきまで晴れていた空が少し曇って雨が降り出していた。
「あ、ほんとだ、濡れるから入ろう、華。」
そう言うと家康はさっと立ち上がる。
それに習って私も立ち上がった。
そして家康がそっと口を開く。
「じゃあ...俺はやらないといけないことがあるからもう行くけど。....もう大丈夫?」
「うん、私、家康のおかげでちゃんとやるべきことが見えたから。」
私がそう強く頷くと家康もふっと笑みを漏らして分かった、と一つ返事をすると私にそっと背を向けて歩いていった。
私も空を見上げる。
(五月雨かな....)
いつもなら雨だと暗い気持ちになるのに。
今はなぜか暗い気持ちにならなかった。
もしかしたら。
この雨が明けるときが近づいてるのだと、確信したからかもしれない。
(信長様...私、伝えます。)
そして私はそっと愛しい人に心を寄せた。
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そして、3日後のお昼ごろ。
私が黙々と針子の仕事をしていると、外から声がかかった。
「華ー!信長様が天守に来いって!」