第10章 Cheerfulness!〈遠坂 雪音〉
お母さんが電話を切って、青ざめた顔でへたり込んだ。
「どうしたの?お母さん」
「今すぐ病院に行くわよ」
『え?』
「早く準備しなさい」
ケーキやご馳走をテーブルの上に出しっぱなしにしたまま、急いで家を飛び出した。お母さんが猛スピードで病院へと車を飛ばした。病院に行くと、通されたのは暗くて冷たい部屋だった。そこにはお父さんが寝ていて、ピクリとも動かなくて、息の音さえも聞こえなかった。
『どうしてお父さんは動かないの?』
「遠い所に行っちゃったのよ…」
どうして体は此処にあるのに、遠い所に行っちゃったんだろう。当時はずっとその事を考えていた。
「お父さん…」
お姉ちゃんもお母さんも泣いていた。私だけ何も分からなくてその場に立ち尽くしていた記憶がある。でも、後にお父さんが亡くなったのだと知った。
「はぁ…」
それからだった。私の家族がおかしくなり始めたのは。お姉ちゃんは次第に家に帰ってこなくなり、母は毎日毎日酒に明け暮れる日々。
『あ、お姉ちゃ…おかえ』
「邪魔」
お父さんが亡くなってから、優しいお姉ちゃんは消えてしまった。偶に帰ってきたとしても、私に冷たい言葉を吐いてまた出かけていく。そして母はと言えば…
「ゆきねぇ〜酒もーいっぽぉ〜ん!」
『お、お母さん、それ以上飲むと危ないよ…』
「あぁん?アタシの言う事が聞けないって言うのぉ〜?」
『そ、そういう訳じゃ…』
「ふざけんじゃねぇぞ!オラっ!死ねっ!」
『あうぅ…』
「分かったんなら早く酒持ってこい!」
『は、はい…』
母は毎日と言って良いほど私に暴力を振るってきた。ただその暴力を受け続け、手足には青痣が増えていくばかり。そんな中で菖蒲ちゃんだけは唯一私の側にいてくれる人だった。皆私の事を避けていたけど、菖蒲ちゃんだけは私の心配をしてくれて、楽しそうにいつも話してくれた。
「遠坂 真夏さんのお宅ですね」
「あぁ…?」
「通報があったので、雪音さんを引き取りに来ました」
「雪音はアタシの大切な子供だ〜!あんた達に渡すもんか〜!」
「雪音ちゃん、早くこっちへ。このままでは君が危ない」
『…はい』
そのままその人についていって、お日さま園に連れて来られた事を覚えている。そこから瑠璃さんやヒロトさんが私の心を開かせてくれた。だから今となっては瑠璃さんもヒロトさんも私の恩人で、今の私がある。