第44章 Memory!〈遠坂 雪音〉
『え、ちょっと』
「これからは、貴方が帰り道を探すんです。私の代わりに貴方が」
『で、でも』
「大丈夫。着いていきますから。迷っても大丈夫。ゆっくり帰る所、探しましょう?」
安心した。その言葉が、子供をあやすみたいに落ち着いて優しい口調だったからだと思う。私はどうやら、本当に迷子らしい。
『うん』
灯りを探した。暖かくて落ち着くような灯り。自分の持つランプと彼女を頼りに。怖くなんてなかった。1人じゃなかったし、帰る場所があると分かったから。沢山歩くのだって、全く苦ではなかった。
『段々、灯りの間隔が近くなっているような気がする』
「ではきっとその先に、何かがありますね」
『うん、そんな気がする…』
貴方の顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。会いたい。会いたいの。貴方に。
『京介…』
名前なんて分からなかった筈なのに、会いたいと強く願えば、頭の中でぱちぱちと撥ねるように名前が浮かんだ。
「ほら、見て」
彼女が指を指す方から段々灯りが大きくなっているのが分かった。暖かくて、眩しい。
「さあ、飛び込んで」
『貴方も、一緒に…』
「私は行けない。行けないの」
『何で…⁉︎』
「もう分かるでしょう。私は貴方に『譲った』の」
分かっていた。彼女が泣く泣く私に譲ったということも。全部わかっていた。でも、一緒に行きたかった。だって、貴方も私を導いてくれたから。
「さあ、行って」
『また、会える?』
「会えるかも、しれませんね」
『うん…。私行くよ。帰るの』
「ええ、よろしくお願いします。彼の事」
振り返ると彼女は泣いていた。本当は行きたくて、帰りたくて堪らない筈なのに、泣いていた。踏み出さなかった。一歩を私に譲ったから。
『さよなら。「私」。またいつか』
そして大きな光に飛び込んだ。不思議と怖くなかった。帰れると分かっていたからかもしれない。だから私は彼女の為に行かなくては行けない。彼を「置いてはいけない」から。
「…ね」
聞こえる。好きな声。
「…きね」
ほら、また。耳をくすぐるたびに愛しい。
「雪音…」
名前を呼んでくれている。私の、名前。
『ただいま』
帰ってきたかった、この場所に。ずっと、ずっと。貴方に言いたかった。
「おかえり…」
温かい手を、今度は力一杯握りたい。涙をそっと拭って、もう一度。
『ただいま、京介』