第42章 HLHI Ⅷ〈栗花落 菖蒲〉
それからは一瞬の様に時が過ぎていった。あれよあれよと決勝トーナメントも進んでいき、気が付いたら10年ぶりに日本が優勝。選手達にとっては長かったのかもしれないけれど、別の事で頭がいっぱいな私にとっては本当にごく僅かな時間の流れしか感じられなかった。
『監督、申し訳ありませんが私は先に日本へ帰らなければなりません』
「そうか。今までありがとうな、栗花落」
『いえ。当たり前のことをしたまでです』
早く帰って栗花落家へ。夢の中の人が待っている。でもその前にもう1人、別れを告げておかなくてはならない人物がいる。
『太陽』
「菖蒲!どこ行ってたの?一緒に観光しようと思ったのに!」
頬を膨らませて怒っている太陽がやっぱり可愛らしくて笑ってしまった。
『ごめんごめん。でも、私これからすぐに日本に帰らなくちゃ』
「どうして?」
『ちょっと家族のことでね…。私も一緒に観光したかったんだけど、また今度』
「そっか…それなら空港まで見送るよ」
『うん。ありがと』
太陽に本当の事を話すつもりはない。彼に言えばなんの躊躇いもなく私に協力したいと言うだろう。しかしそれで彼に何かあっては、私は自分を責めるどころでは済まない。危険に巻き込まれるのは最低限の人数、私だけでいい。元より私の問題な訳だから。
『次は私から、太陽に会いに行くね』
全て終わったら、自分で太陽に会いに行ける様にしなくては。
「待ってるよ」
『うん。さよなら』
「え」
だからこれは一時の別れ。君の事、絶対に忘れないよ。
「ま、待って菖蒲…!」
焦る太陽の声を聞きながら、搭乗口へと急いだ。ゲートが無慈悲にも彼との接触を遮断する。これで良かったんだと自分に言い聞かせた。
『少しだけ、我慢してね。私も我慢するから』
栗花落家の問題を解決しなくては。このままでは何も知らないまま安穏と過ごしていく事になってしまう。せめて自分の出自位きちんと分かりたい。
(不安ですか?)
『とても。でも、やるしかないのでしょう?』
(ご迷惑をお掛けして、本当に…)
『いいの。貴方のせいではない事はなんとなく分かっているから。早く終わらせて、私も笑って好きな人に会いに行ける様にしなくちゃ』
(貴方は強いのですね)
『そんな事ないよ。私にしかできない事で、私が困っているなら自分でなんとかするしかない』
もう迷わない。やるんだ。