第38章 HLHI Ⅳ〈遠坂 雪音〉
アジア予選、注目されていただけあってかなりの接戦ではあったが、イナズマジャパンが無事勝ち抜いて世界大会へ行く事が決定した。例年通り今年もライオコット島での開催になる。私達は本日ライオコット島へ発ち、ジャパンエリアで寝泊まりすることになる。暫く日本には帰れない。
「早速試合の情報だ。俺たちの初戦はイギリスだ」
鬼道コーチがそう告げる。イギリスはいわゆるジェントルマンの国だそうだが、私は海外に行った事はないのであんまりよくは知らない。
「因縁か…」
「俺たちの時も初戦はイギリスだったな」
「円堂監督の時もですか?」
「ああ!すげえ奴らだったぜ!」
10年前だとすれば有名なのはエドガー・バルチナスか。世界の強豪と戦ってきたんだな、この人達も。
『ふぅ』
「大丈夫か?」
『大丈夫。空が落ち着かないだけ』
雲の合間から見えるライオコット島。中央に聳え立つ火山がなんだか懐かしく感じる。どうしてなのか。
「何かあったら言ってくれ」
『大丈夫。京介はまだ寝てなよ』
無理やりに京介を寝かせて窓の外を見た。胸騒ぎがするのだ。嫌な予感が漂って、振り払うように首をブンブンと横に振った。
(ああ、この時がやってきたのですね)
聞き覚えのある声なのにこの場にいる誰の声でもない。どうして、今のは誰の…。
(貴女がここに来てくれることを待っていました)
さっきから聞こえる声。これは、私ではない私が聞いた声だ。つまり、まだ中学生だった頃の…。
『ヴィーナス…?』
正解だとでも言うようにチリンチリンと軽い鈴の音が鳴る。それ以降彼女の声は聞こえなかった。疲れているだけだ。だって、こんな事あり得る訳がない。普通は化身と対話することなんてできないのだ。精神的には可能でも、物理的にこんな…。
「もうすぐライオコット島に着くぞ!皆起きろ!」
その声で我に返り、隣で寝ていた京介を起こした。
『おはよ』
「ああ」
数回瞬きして、すぐに私をじっと見た。
「顔色、悪いぞ」
この人は本当に私の変化にすぐ気付いてくれる。隠すのも楽じゃない。
『大丈夫。ちょっと酔っただけ、降りれば治るから』
知られたくなくて、再び窓の外を眺めた。秋さんの言葉が頭の中でループするが、それでも心配はかけたくなくて、でも聞いてほしくて。矛盾した気持ちに折り合いをつけるのはこうも難しいのか。