第28章 Prisoner!〈栗花落 菖蒲〉
いよいよ今日から夏休みだが、私は憂鬱だった。夏休み前になっていきなり本家から連絡が来て、私だけ寄越せというのだ。両親と雪音は諦めたという事だろう。私だけがなぜか差し出されることになった。
「いやだよ…菖蒲だけなんて!」
「お母さん達だって嫌だわ。どうしましょう、せめてあなた達だけでも逃そうと思っていたのに…それさえも見越しての連絡だわ」
『雪音の姉さんを敢えて狙ったんだから、私達の住所も多分バレてる。私が素直に行くしかなさそうだね』
「他にも方法がないか考えよう。菖蒲だけ差し出すなんてできない」
皆私を守ろうと必死だ。でも私は正直覚悟を決めた。太陽の言葉が嬉しかったから。絶対に忘れないって言ってもらったから。それだけで私は幸せだ。例え記憶を改竄されたとしても。貴方のことだけは。
『大丈夫。とうの昔に覚悟は決まってるから。皆は兎に角安全な場所に身を隠して』
「でも…」
『大丈夫。雪音達が助けてくれる。信じてるんだ。だからまずは自分の身を大事にして。ヒロトさんがシェルターを用意してくれてるみたいだから皆そこに』
「…昔から、頑固なところは変わらないな」
「そうね。それに自己犠牲がすぎるわ」
「そうそう。何でも自分が背負えば良いって思わないで。でも、きっと私たちが言っても余計リスクを高めるだけだから、仕方なく今回は菖蒲のいう事聞くよ」
『ありがと。じゃあ行ってくるね』
少ない荷物を持って玄関へと出た。家の前には黒塗りの車が停まっていて、私を連れ去る気満々のようだ。
「乗れ」
丁重に扱ってくれる事を祈りつつ、言われた通りに車に乗り込む。内側からは外側の景色が見えないので、退屈な旅になりそうだと気落ちした。恐る恐るスマホを取り出しても何も言われない。あまりに余裕なのか。雪音達にLINEを送って現在の状態を報告する。本家に着く頃にはどうせスマホは取り上げられるだろうし、今のうちに雪音達に連絡を入れておかなきゃ。そして太陽にも。
〈今までありがとう。愛してる〉
それだけ太陽に送った。すぐに既読がついてメッセージが連投される。雪音が私の事を話したのだろう。なんだか知っているような口ぶりだ。
〈諦めちゃダメだよ菖蒲〉
〈絶対に助けに行くから〉
メッセージが嬉しくて思わずニヤける。太陽だったら絶対に来てくれるって分かる。でももしもの為に、私が私でなくなる時は。