第19章 Turbulence!〈遠坂 雪音〉
『宜しく。私は…』
「雪音、だよね!秋姉から言われてすぐ分かった!こっちだよ!」
『あ、うん…』
「雪音」
『?』
「また明日、来る」
『…うん』
そんなに律儀に来る事も無いのに。もう、良いんだから。
「貴方が雪音ちゃんね。部屋はこっちよ」
『ありがとうございます…。』
「この部屋ね、去年まで外国から来た人が住んでいたんだけど、自国に帰る事になって部屋が空いたの。狭いけど…自由に使ってね。必要そうな物はある物だけ運んでおいたから、足りない物があったら遠慮無く言って良いのよ」
『はい、すみません。何から何まで』
「良いのよ。それじゃあ、ゆっくり休んでね」
『はい』
こんなに心安らかに休めるのはいつ振りなんだろう。本当、今迄の人生は波乱でしか無かった。6歳にして父を亡くし、7歳で孤児院に預けられ、13歳にして記憶を失った。結局何もかも無くしてばかり。得たのは親友と大きな喪失感。それでも親友の存在は確かに大きかった。何よりも暖かい、大切な人。
「雪音」
『天馬…!』
「何か、ずっと此処にいるのも暇だろうし、はい」
『これって…』
「ホットミルクだよ。偶に秋姉が作ってくれるんだ。一応蜂蜜も持ってきたけど、いる?」
『うん、ありがと』
良いなぁ…こういうのは。暖かいミルクが身体に染みていく。
『うん、美味しい』
「そっかぁ…!良かった」
『本当に、ありがと。大分落ち着いたかも』
「ううん、ゆっくり休んでよ!また明日、学校終わったら来るね」
『ありがとう』
さっきからありがとうしか言っていない。でも、ありがとうってこういう意味だったんだって痛感する。
「おやすみ、雪音。何かあったら一階の入り口の目の前の部屋に来てね」
『うん、おやすみ、天馬』
天馬…懐かしい、気がする。何処となく波長が合うのかもしれない。だけど、どうして彼の記憶が一切無いんだろう。懐かしいとすら感じない。何が原因なんだろうか。
『剣城…京介…』
目を覚まして直ぐ、菖蒲の事だけは根強く覚えていて、剣城 京介の名を告げられた時、全くピンと来なかった。それも、長い間夢を見ていたのだが、その夢に出てこなかったからなのかもしれない。その夢に出てきたのは菖蒲と、私の母、姉。そして…父。その四人が私の記憶に深く刻まれていたからなのだろう。
『ま、気にしてもしょうがない、か』
思考を止め、目を瞑った。