第2章 プロローグ.do not yet know
桜の花が満開を過ぎたころ。
鮫柄学園の正門近くに背の高い美女揃いの集団がひとつ。
「疲れたー。春休み最後の最後に合同練習なんて、ハードだよ」
「ほんとだよ。相手は男子だしさぁ」
「てか、みーこは?」
「さっき鮫柄の人に呼び止められてた」
「あー、またいつもの?」
「たぶん。マネージャーがモテるとなんだかうちらも鼻が高いね」
「は、告白された?」
鮫柄水泳部の部員につかまっていた汐を少し離れたところで待っていた背の高い美女は眉を寄せた。
彼女―朝比奈璃保は、また?とでも言いたそうな表情だ。
「でも、断ってきた」
背の高い璃保とは対照的に背の低い可愛らしい彼女―榊宮汐は、璃保に行こ、と声をかけ2人は他の部員の元へ歩き出した。
「あ、そ。てか、アンタ直接の告白断れるようになったんだ」
告白された、断った。年頃の女子高生ならもっと大きな反応をするであろう場面なのに璃保は表情を変えない。
「高校生になってからだけど、ね」
汐は伏し目がちに呟いた。
直接の告白を断ることの罪悪感にはまだ慣れないようである。
汐の心中を読み取ったのか、璃保は元気づけるように汐の頭にぽんと手をおいた。
「そんな顔しないの。好きじゃない人と付き合う必要なんてないんだから」
「...そうだね」
璃保の顔は見ないで返した。
「アタシいつか汐の口から、“好きな人ができた”って言葉、きけるの楽しみにしてるから」
汐を励ますように璃保は言う。
「うん。璃保ありがと」
汐は微笑んだ。やはりどこか寂しそうである。
汐の心で“好きな人”という言葉がひっかかった。
(あたしは、ほんとに好きって言える人に出会えたことあるのかな)
(恋って、どんな感じなんだろう)
汐は恋を知らなかった。
しかし以前には、世間一般では彼氏と言うような人は何人もいた。
けれど、“好き”という気持ちはいまいちわからなかった。
16年間...あと半月もしないうちに17歳になるが、汐にとって恋愛感情とは未知のものだった。
(あたしもいつか、“この人が好き”って笑顔でいえるような人に出会えるといいな)
そんなことを思いながら鮫柄学園をあとにした。